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医療 社会福祉 経済

医療や介護、年金などの社会福祉政策と経済との関係は、国家の根本にかかわる大きな問題です。また、高齢化と経済成長の鈍化が見られる先進国に共通の難題でもあります。制度をどのように改革すべきか考えましょう。

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戦争を避けること-再びバブルの崩壊5

 長期にわたるデフレの扱いで注意を要するのは、1929年の大恐慌第二次世界大戦の主な原因の一つになったと考えられることです。

 日本では1931年犬養毅内閣が成立し、高橋是清が大蔵大臣になって速やかに金本位制からの離脱リフレーション政策(通貨膨張政策)を行った結果、日本経済は長く続いたデフレと不況からようやく回復することができました。

 しかしながら、長い不況の間に日本軍は暴走し始めており、1931年9月には柳条湖事件を起こして中国への侵略戦争を開始(満州事変)、政府はこれを止められませんでした。高橋是清リフレーション政策によって一時的に軍事予算は増加しましたが、軍縮派であった犬養毅は、1932年5月に暗殺されてしまいます(5・15事件)。また中国への侵略は、その後欧米諸国と摩擦を生じる原因になります。

 リフレーション政策の効果は著しく、日本経済は1933年には世界で最も早く恐慌前の規模に回復しました。さらに1934年にはインフレ懸念が生じ、高橋是清軍事予算を縮小しましたが、この時陸軍の恨みをかったため、1936年の2・26事件で反乱軍に殺されてしまいました。
 
 一方ドイツでは、第一次世界大戦の敗戦賠償金のためハイパーインフレが起こり、これに続く経済混乱の中でナチス(民族社会主義ドイツ労働者党)と共産党が勢力を伸ばしていました。

 1931年に大恐慌が波及して金融恐慌が起こり、中産階級没落しました。さらに共産主義を恐れた資本家ナチスに味方したため、1932年にはナチス第一党となり、1933年にはヒトラー政権を握ったのです。

 米国では、フーバーの失策大恐慌が起きた後、ルーズベルトが大統領に就任し、ニューディール政策というリフレーション政策を行ったため、経済はやや持ち直しました。しかし、その後財政規模を縮小したため、1937年には再び不況に陥って、第二次世界大戦まで低迷が続きました。

 以上のように、デフレ、不況、恐慌が長引いて人々が完全に悲観的になると、総需要を回復するのは容易ではなく、戦争による総需要の増加の方向へ向かってしまう可能性が高いのです。また、これを防止するためには速やかなリフレーション政策の実施が必要です。

つづく
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テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

  1. 2008/02/17(日) 01:35:08|
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